詩神の出現

CATEGORY黄金の波動
79才の春半ば 寒い冬も去って
花が急に開花しはじめたある夜の夢に
詩神が現われた 
男はそれまで 詩とは詩であって 
それが神であるとか 詩神と言う名称の付くものがあるとか
そんな事を考えた事がなかった 

ところが機が熟したのか 詩神が霧のすがたを以って現われた 
そして男の科学的 哲学的な真理探究の分析を
すべて霧に包み消しはじめ
「お前の考えているものは すべて間違っている」
といって 次々と消してしまうのであった

この出来事は この男が真理探究を断念した数日後に
おきたのである 
即ち断念したのが功を奏したのであろう

この男は 真理を探しまわるのも 欲であることを
以前から気付いていた 
しかし思考する癖がついていて 
思考し続けて来ていた 
寝ても 醒めても それのみの時間であった

ところがどうした恩恵か どうした風の吹きまわしか
詩の神を初めて見た事と 自分の思考は全部間違いである
ことを痛切に知らされた
男はやっと 詩神に応えようと思考を止めてしまった 

そして 天の手伝いをするべく
朝は東天を一番に眺めて 魔法の小箱から絵筆をとり出し
東の空を紅に染め 太陽よ来ませと
迎えたのであった

夜には星々のきらめく夜空に向って 両手を出して
その天体を動かす手伝いをしていた
この男はいよいよ 地上の知的人間心から幻想の世界へ 
天界の世界へと定着し始めたのであった

こうして二年はたった
二〇〇六年の同じく春五月
夕焼けの女神に巡り合えたのであった 
これが彼に決定的な歴史を与えることになるのである

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ナーラーヤン内垣・略歴

Dr.ナーラーヤン内垣(内垣日親)は、宗教・哲学・神話学の研究者、そして詩人である。大阪高槻市とアメリカのカリフォルニア州に研究所を持つ。

1925年、和歌山市で生まれる。28歳のころ、ラーマクリシュナのヒンズー思想に出会う。その時生まれた詩情あふれる名著「仏陀再誕」の出版をきっかけに、日本における実践ヴェーダンタ運動の創始者としての活動が始まる。

1957年、ラーマクリシュナ・ヴィーヴェーカーナンダ学園(日本ヴェーダンタソサイティの前身)を創立し終身会長となる。生涯を「人類はどうしたら救われるか」の探求と実践に捧げ、世界を舞台に活躍する。

バングラデッシュでは、戦災孤児と戦災未亡人のための約百人収容できる母子寮を設立し、衣食住と教育を与える。インドにおいては、7年間に渡り6箇所の文化交流センターを設置し、賎民部落においては、奉仕による医療活動と職業訓練活動を行う。

アメリカでは、広い荒地を少数の弟子とともに自らがつるはしをふって開墾し、美しい日本庭園を創りながら、著作活動、その他の文化交流に励む。

2012年8月逝去。

インド滞在中1974年、宇宙的存在との合一を体験する。この時編み出された光速瞑想は、宇宙合一の方法として大変ユニークなものである。その後思想の展開は「神話実現」に向けて、人間の真実への比類のない迫りを見せている。
また、哲学・神話学を通し、文化・人種・宗教を超えて社会秩序の維持の必要性を説いている。

著書17冊(英訳本も有)


Award

1995年 日本文化振興会より、社会文化功労賞を受賞
1997年 ケンジントン大学より哲学博士号を授与される
1998年 国際アカデミー教育よりFellowのタイトルを授与される
1998年 国連ユニセフとユネスコより世界平和賞を受賞
2007年 アメリカ大統領より大統領最優秀賞 金賞を受賞

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